ミドさんのブログ

日頃思いつくことを書いてます

世界おもしろ昔のはなし㊵

 前回、フィリピンの一般的な話を書いてしまった。年取ってくると忘れてしまうことから、書かねばと思い、事業撤退とは関係ない話題を書いた。「事業撤退」の話題に戻す。

 

一般的な事業撤退の手順

 それまで、撤退会社が行ってきた事は、以下のようなものだった。既に説明したように、総務担当者や日本人の生命が狙われるという理由から、撤退の事実説明は撤退(解雇)日当日というのが、フィリピンでは、言わば常識化していた。説明と同時に解雇、つまり、何も分からず通常通り出勤してきた従業員が、突然1か所に集められ、撤退(解雇)の説明があり、そこで退職金の支払いが行われ、明日から来なくて良いとするのが、一般的な撤退時の手順であり、従業員との関係であったのである。

 これは、前にも述べたが、撤退説明と実際の解雇時期との間に期間を置くと、その間に、失職する従業員から危害を加えられるという事件が頻発したことから、考えられた手法であった。説明し、退職金を払ったら、その日の内に、日本人や総務関係者は、ホテルなどに一定期間身を隠し、暴漢から身を守るのである。

 

実際にとられた手法

 実際に殆どの撤退日系企業でもこの手法を取っていた。コンサルも盛んに我々を脅し(のように思えた)、身を守るためにはこの手法しかない、というようなことを、会う度に言っていた。コンサルは、ガードマンではないので身の保証は出来ない、というようなことも言っていた。

 しかし、私は、この手法は取りたくなかった。今まで7年間も会社の為に働き、辞める時にこの仕打ちは、余りにも惨いと感じたのである。と同時に、あの従業員達が、そんなことする筈が無いとも思ったし信じたかった。

 結局、8月4日撤退説明10月末撤退・解雇、と約3か月前に従業員に説明という計画にした。この決定に対し、コンサルからは、「私は努力はするが、皆さんの生命まで保証できない」と明確に脅しまがいの言葉を言われた。また、10月末の撤退後は、1週間程度、会社には出勤せず、ホテルなどに身を隠した方が良いとも、アドバイスを受けたが、実際には撤退直後の11月始めから出勤し続けたのである。

 

従業員を信じる

 結果的ではあるが、従業員を信じて良かった。仮に何かあっても、信じたことを後悔はしなかっただろうとも思ったものだった。それだけ日頃の従業員との交流に自信があったので、そんな事をする訳が無いと信じていたことも確かである。

 退職金については、親会社幹部のご協力もあり、今までの日系企業の平均値以上の額を出すことで承認頂き、大変ありがたかった。

      勤続年数にリンクする分+一定額

といった組み合わせで決まっていたと思うが、いずれにしても、7年勤続の従業員は、約1年間の給与分位の退職金が貰えた。もっとも、1年分と言っても、作業員クラスだと、月1万ペソ程度であったので、12万ペソ(約24万円)位であり、日本人にとってはそれ程大きい金額ではなかったが、彼らにとっては、見たことも無いような大きな額の金額だった。

 それまで、数万ペソの退職金で済ます企業が多い中、10万ペソ以上の退職金は、破格だった。それでも、これから1年以上も職が見つかる見通しが無いことも考えると、辞めて行く従業員には、申し訳ない気持ちで一杯だった。

          (つづく、・・・)