ミドさんのブログ

日頃思いつくことを書いてます

ご近所さんと、交流出来ない日本人

日本語研修期間を終えた技能実習

 この約2か月間、日本語を教えてきた技能実習生たち。ベトナム人、中国人の9人だった。昨日で最後の実習生5人が、日本語の研修期間を終え、今朝、実習先へと巣立ってゆく。

 昨日の日本語の勉強では、地域の人たちとの会話・交流の重要さを教え、加えて、色々な場面での日本人への話しかけ方法、会話方法を教えた。日本語もままならない外国人に、会話方法を教えるのだから、覚える方も容易なことではない。

 そして、その中で、ごみの捨て方も講義した。

 

日本人でも、分からない、聞かない人たち

 そして、我が家の今朝の出来事である。私の朝の日課は、5時過ぎに床を離れ、シャワーを浴び、朝食を用意し、食べ、後片付けを済まし、ゴミ出しをするのである。我が家の横にゴミの集積場がある。近場の10軒ほどが出す集積場である。燃えるゴミを出す日は、残飯の類が多く、カラスなどにゴミ袋が食いちぎられ、ゴミがそこら中に散乱するので、網掛けを行っている。ところがその網が破れ、用をなさなくなったので、網を縫い修理した。すると、次に起こったのが、網の中に入れないで、網を掛けない人が出てきた。そこで、網をかけやすいように網の固定点を作り一旦だけを持ち上げれば、網がかけられるように改善。しかし、いまだに、中途半端に網掛けを行う人が時々出てくる。家の脇に置かれる我が家では、毎回、その都度、網掛けし直している。

 

資源ごみにまで、網掛けをする人

 そして、今朝の出来事。今日は、ビン、缶、新聞紙など、再生資源を出す日である。すると、そういった再生資源が、なんと、網を掛けられ網の中にあるではないか。ゴミを回収する人は、トラックにビンや缶の袋をトラックに積むだけで済むのを、網をどけて積むことになる。手間がかかるはずである。そこで、網から外して網の外に置き直した。

燃えるゴミ用の網と再生資源ごみ(今朝、網の外に置き直した)

考えない、他人に聞けない日本人

 燃えるゴミを網の外に置く人、再生資源を網の中に入れる人、この人たちは、本当に日本人?と疑いたくなる光景を目にした。「なぜ、網があるのか?」「なぜ、網を掛けるのか?」を全く考えていない証拠である。燃えるゴミが入った袋がカラスに食い散らかされるのを防ぐためと知っていれば、網の使い方は、自ずと分かるはずである。また、使い方を知らなくても、「なぜ網があるのか?」と考えてみれば、分かりそうなものである。

 わが市は、どこでも、市内でやっていることで、あちこちの集積場には、網が置いてある。つまり、普段から、何も、不思議に思わない人たちなのだろう。そして、ゴミを回収する人たちのことに、思いを馳せることもないのだろう。それだけ余裕がなくなっているということかもしれない。

 

交流出来ない日本人

 そういえば、昨日、技能実習生にゴミの分別仕方などはおしえたが、網掛けの話まではしなかった。しかし、近所の人との交流は必要と力説しておいた。近所の人に聞けばわかることでもある。こんな、私が住んでいるような田舎でも、人との交流がなくなったのか、それとも、全く何の疑問にも思わないのかは、分からないが、近所の人に「この網、何のため?」と聞けば、全てが理解できるはずである。

 日本語が分かる日本人相手だ。

 日本語の分からない外国人たちが、ご近所さんと仲良く3年間を過ごし、無事、母国に戻ってくれることを願っている。