ミドさんのブログ

日頃思いつくことを書いてます

愛は地球を救うのか?

”やす子”がランナーの24時間テレビ

 先週の土曜日から日曜日にかけて、「24時間テレビ『愛は地球を救うのか?』」が日本テレビで放映された。今年のランナーは、お笑い芸人の”やす子”だった。最初、この走りの画面を見ていて、「あれっ」と思ったのは、どこかの競技場のトラックを周回

今年のランナーになった”やす子”

していることだった。いつものように町中を走っていないのだ。しばらくすると町中を走り出した。どういった意図の企画だったのか。

 

児童養護施設

 ともかく、この番組は ”涙せずには見られない番組” である。そんな性質の番組に加え、”やす子”が、児童養護施設出身だったことも大いに関係している。恥ずかしながら名前は知っていたものの、この歳まで中身はよく分っていなかった。そういう御仁も沢山おられたように思う。そういった意味では”やす子”は大貢献である。全国で610ほどあるらしく、私の茨城県にもあり、私の家の周り5km圏内に3カ所もあることが分った。

 何らかの事情で親が子どもと生活できない家庭の子ども救済として作られた施設のようだ。ただ、年齢が18歳までと決められており、大学に行くなら施設を出ないと行けない。”やす子”は、そこで、食住の確保が出来る自衛隊を選び就職したという。今では、その自衛隊もお笑いのネタになっている。

 

萩本欽ちゃん

 この24時間テレビは、1978年に第一回が行なわれ、今年で47回目だそうであるが、

第一回目の司会は、”欽ちゃん”が担当した。その欽ちゃんが話題となり、テレビには全く出てこない奥様が話題となった。この番組で、欽ちゃんとその奥様を題材にドラマ仕立てにして放映したのである。1878年頃といえば、私が30歳の頃で、世の中正に仕事、仕事で仕事人間を輩出していたのもこの頃だった。「仕事は、何事にも勝る」とばかりに月の残業100時間、150時間は当たり前の時代で、土日休みになったものの休日出勤当たり前の時代だった。当時の欽ちゃんも司会業・お笑い業に明け暮れ家に年に何回帰るかという生活をしていたらしい。その時代の欽ちゃんと奥さんの物語だった。

 

被災地能登を訪問

 そして被災地能登の訪問である。長嶋一茂が中心となり元野球選手が、中学校の野球部を訪問するが、部員が避難で少なくなり4,5人になった野球部で避難した部員を呼んで、元野球選手達と交歓試合をしたり、障害者の少年と水卜アナとの会話を取り上げた 

     能登の中学校野球部員と交歓試合        山田倫太郎君と水卜アナ               

りしていた。

海王丸座礁事件

 2004年に富山湾で起きた「帆船、海王丸座礁事件」を取り上げていた。座礁した帆船内に取り残された実習生とその実習生達を救おうと活躍した乗組員の物語を放映していた。

              MISHA     村松元一等機関士

非常に冷静だった実習生と勇気づけた船員との物語である。「人の繋がりが人を救う」。

 

様々な障害者のパフォーマンス

 その他色々な話題が取り上げられた。

白杖を持ったダンサーや指が障害となっているミュージシャンのパフォーマンスやいつも障害者の事を思い活動している ”YOSHIKI” が登場。 

白杖を持って踊るダンサー  指に障害を持つギタリスト

白杖を持って踊るダンサー 指の障害を持つギタリスト 

 ともかく、楽しい24時間だった。