ミドさんのブログ

日頃思いつくことを書いてます

人生の英断

猛暑日真夏日、夏日

 連日の猛暑日真夏日の連続である。この言い方、暑さは伝わるが何のことか分らない、何となく分ると言う方が殆どだろう。昔はこういった言い方はなかった。真夏日、夏日という言い方は1960年代に使われ出した言葉らしいが、猛暑日という言い方は2007年に気象用語として決められたらしい。

  猛暑日 35度以上   真夏日 30度以上   夏日 25度以上

その他に、熱帯夜という言い方も存在する。猛暑日で有名になったのが太宰府である。

熱さを報道する天気予報士

何と、2,3日前に、今年55回目の猛暑日を迎えたそうだ。ともかく今年は異常気象で、甲子園の夏の高校野球も特別スケジュールを組んだ程である。

 

中村雅俊

 さて、いつものようにチャンネルを回したら(いささか古い表現だが、他の表現方法が分らない)中村雅俊が出てきた。我々の青春時代に登場した俳優/歌手である。それまで大学生だった人が突然映画の主役に抜擢された。その逸話を語っていた。そして俳優としてデビューしたわけだが、その後、歌も歌い出した。主役に抜擢された、歌手になった、いずれも、当時のドラマプロデューサー、岡田晋吉氏の考えによるモノだったらしい。そうして、一介のサラリーマンだったかもしれない男が俳優・歌手としての人生を歩んできたのだ。

中村雅俊氏と岡田晋吉氏

人生の岐路

 我々なども、多くのプロデューサーによって作られて来ている。始めは、親や先生であろう。親や先生から学校を薦められ、会社を勧められ、人生を歩んできた。そして、それに反対して進んだ方も多くいたと思う。一介のサラリーマンだが、40年の会社生活で、「アレは、岐路だったなぁ~、アレは大きな言葉だったナァ~」と言うのが数多く存在する。

 暫くぶりに、我が人生を振り返って見たい。詳しくは、「我が人生(会社編)」にまとめてある。

 

現場での上司の心遣い

 最初は、入社2年目で海外出張したアブダビ(UAE)での出来事だった。この頃、入社したての新人に、海外工事に出張させると言うのが、ある種、社内研修のように行なわれていた。ここで、ある時現場が心配になり、一人で海に停泊中の船(海底ケーブルの工事敷設船)を見に行った。この時、ケーブル布設も間近ということで、会社から上司(工事課長)が現場に来ていた。そして、助監督(私)がいないと大騒ぎになった。そして、何事もないように戻ってきた私を迎えた工事隊の面々が、課長に謝りいに行ってこいという。凄く心配してたゾ、と言うのである。課長は数多く話さなかったが、心配していた様子が表情から明らかだった。

 上司は部下の心身を心配するものだと身をもって体験した。

 

上司の英断

 1986年、クウェート工事事務所所長に就任。これは、前任者の工事のベテラン50歳越えに代わって、若干38歳の工事の新人が着任したことである。それも家族連れである。今までのベテランは単身赴任だったが、私の場合は家族帯同させてくれた。この決断も当時の課長が決断してくれた。

 そして、2004年に赴任したフィリピンだった。それまで、工事の経験が殆ど(30年、資材が3年のみ)ゼロだった製造の素人を、海外製造会社の社長にしてくれたのである。これは正に英断と言うしかない。前任は、製造部門の部長だった人である。

 会社の上司は、こうした英断をするもんだとつくづく感じる。いずれも特に大きな問題はなかった。そういう意味で、かっての上司の判断は正しかったのだろう。

 

上司ばかりではなく、自分も英断が出来るように、残りの人生楽しんでいきたい。