ミドさんのブログ

日頃思いつくことを書いてます

昔の思い出

 前に、訃報を見て、亡くなった方の年齢から、ついつい自分の年齢を引き算し、あと何年、と計算してしまうと書いた。

 

どうやって昔を思い出すか?

 これと同じようなことで、人は、どうやって昔を思い出すのでしょうか? 例えば、誰かと話していて、「30年前だよ、30年前! 分からない?」などと言われて、すっと思い出せるだろうか? 昔を思い出すとき、もっと言えば、30歳の頃、40歳の頃といった当時を思い出すとき、どうやって、何を思い出すのだろうか、と興味がある。私の場合は、海外出張が基準となっている。恐らく、子供の年齢とか、自分の仕事遍歴とか、人それぞれの人生によって、思い出し方は千差万別なのだろう。

 

昔の思い出し方(私の場合)

 例えば、50年前と言えば、会社へ入社した頃である。その当時を思い出せば、前後の、大学4年の頃の下宿生活や下宿のおばさんの服装、言動、友達が誰で、どんなことをしていたなー、などを思い起こせば、世の中がどんなだったか、また、入社式はどうやったの、そういえば工場の前で記念撮影をしたっけ、などと思い出すと、当時の会社の様子も思い出される。

 

30歳、40歳の頃

 30歳の頃はどうしてたかなー、と考えると、そういえば、オーストラリアに出張して8か月後に帰って来たら、長男が柱の陰で、「どこのおじさん?」という顔をしてたっけ、と当時の家族の様子やどこに住んでいたか、などを思い出す。

 40歳の頃は?となれば、クウェートに家族同伴で赴任していたなー、その3年前に赴任するときは、会社の上司が空港まで見送りに来ていたなーとか、赴任が解けて帰国してすぐに父親が亡くなったっけ、と思い出すのである。

 

「昔は・・・」

 「昔は・・・」と、十把一絡げにして思い出すというのもあるが、思い出すときには、思い出したいものの他に、必ず、当時の気候や人の服装や誰がどう言ってたとか、思い出すことに関係ないことも一緒に思い出すものである。

 それこそ、昔は、祖母や祖母の兄弟など、当時の年寄りの出入りがたくさんあったので、機会あるごとに、当時としての昔のはなしが出たものである。尋常小学校時代の様子とか、私の家は商売であるが、当時の商売はこうやっていたとか、それこそ、戦時中の私の姉が産まれた時の様子とか、はたまた、昔の歌を聞かせてもらう、というより聞かざるを得ない羽目に陥ったりしたものである。

 

「今は・・・」

 でも、今は違う。核家族で、子どもたち夫婦、親夫婦、祖父夫婦が別々に暮らしているのも珍しいことではない。この子どもたちが大人になった時、自分の祖父や祖母のことを子供たちの子供に話して聞かせることが出来るのだろうか。今はコロナ禍である。里帰りも出来ない。どうするんだろうか、と考えてしまう。

 私は、たまたま、自分の祖父や祖母の話が聞けなかった経験から、このブログを残そうと考えた。このブログも、ブログのままで終わらせては、いつの間にか捨てられて一巻の終わりである。だから、ある程度まとまったら、本にして残しておきたいとも思っている。

 

パラリンピック

 パラリンピックも昨日で終わった。涙、涙、涙だった。優勝者やメダリストの話を聞いていると、ひとりでに泣けてくるのである。しかし、こうした人は、まだいい。みんなの前で、そうした話ができる。苦労や感謝をである。しかし、参加しただけで、入賞もしないような人は、そうした機会がない。是非、マスコミも、たまには、そうした人にスポットを浴びせて欲しいものだ。また、涙の連続にはなるが・・・。

      (つづく、・・・)