ミドさんのブログ

日頃思いつくことを書いてます

さりげない言葉

35日目の検診日

 昨日は、35日毎の検診の日だ。1ヶ月毎ではなく薬の関係で5週毎の検診なのである。もう看護婦さんも先生も顔なじみになっている。このブログでも何度も取り上げた磯原クリニックであり、薬はその隣にあるキリン堂という薬局である。いわゆる ”かかりつけ医” というやつである。この先生にお世話になるきっかけは前にも書いたので省略する。昨日のこのクリニックでの出来事を書いてみたい。

 

一寸した言葉に感動

 先週の金曜日に行く予定の予約が入っていたが、忘れていて昨日の月曜日になってしまった。いつもの通り、先週の予約票を出して「先週だったのですが、忘れてしまって・・・」とい言うと、顔見知りの受付の事務員が「大丈夫ですよ」と声をかけてくれる。こうした一寸した心遣いに年寄りは弱い。

 先生の診察前に血圧・脈拍数を設置された計器で計る。上が140いくつ、下が70いくつ、少し高めだが、大体いつもの数値である。予約日を逃した場合、いつもなら少し待たされるが、なぜか、今回は「・・・さん!」と早く呼ばれた。患者が沢山待っているのにいいのかなとなぜか得したような気分で診察室に入る。

 

土足で入る診察室

 いつから日本でも、土足のまま診察室に入るようになったのかなー、と考える。昔は診療所など小さな病院へ行くと、スリッパが置いてあり、土足をスリッパに履き替え、診察室へ行ったものだし、お医者さんもスリッパを履いていたものだった。

 今から20年前フィリピンの病院へ行ったときに、手術室も診察室も、土足のまま入る光景に当時ビックリしたものだが、今では日本の病院もそうなった。

 

娘のような看護婦さん

 血中酸素濃度測定器を看護婦さんが測定し、血圧・脈拍数のデータを看護婦さんに渡す。「いつもと変わりませんか」と声をかけてくれる。「変わらないけど、年取ると、何か体の調子が今ひとつですよねェ」と答える。その後もいろいろと四方山話をする。お父さんやお義父さんなども私と同じ年格好のはずの看護婦さん、年寄りの心理が分かるようだ。若い看護婦さんもいいが、こうした話が出来る看護婦さんもいい。

 

その後お変わりありませんか?

 そんな話をしていると、先生が目の前に現れ、椅子に座り、パソコンで私のデータを見ているようだ。そして「その後、変わりませんか?」と、聴診器を我が胸に当てながら、いつもの問いかけ。昨日は昼間から少し、仲間と飲み過ぎたが、それは言わず「特に、問題ありません」と。

 

”めまい” のデータを取ってみる

 そして、「ところで ”めまい” はどうですか?」ときた。大分前から、”めまい” が酷いことを伝え、”気圧に関係するのでは” と持論を伝えていたのをデータの中に書き込んでいたのか。「酷いときと、殆ど感じないときとがあるんです」と言うと、「気候の変化に関係あるかもしれません」と言うではないか。そして、続けて「データを取ったら、いいかもしれませんね」という。ははーん、これは、医学的に何か先生なりに調べてくれたのかな、と勝手に推測し、私は私で、データを取ってみることにした。

コロナ週間感染者数と一緒に記録することにした”めまい”程度と気象データ

 そろそろ、コロナのデータは、止めてもいかなと思っていた矢先だったが、どうせ取るならと、”めまい”のデータと”コロナ”のデータも一緒に取ることにした。

   コロナのデータ        庭に咲いた梅の花と大きくなった梅の蕾

梅の花と香りと共に

  1月から咲き出した梅の木がやっと8割位咲いている。早咲きの梅の花だが、花が小さい品種だ。一方で、これから咲く紅梅は、蕾が大きくなり出し、あと数日で咲き出すだろう。陽気とともに、私の ”めまい” も小さくなってくれればと願っている。

 「・・・さんは、まだ、若いですよ。姿勢もきちんとしているし・・・」という看護婦さんの励ましの ”さりげない言葉” に勇気づけられた検診だった。

どうでもいいこと

市長説明会

 昨日、我々の地域で市長による説明会があった。理由は、農村集落センターという集会所として使っている施設を新しくしたいという地域の希望に対し、市長の考え方を聞くという説明会である。この施設は、昭和62年3月に出来た施設。

 当時は、こういった施設を作る場合、住民の寄付と市や県や国などのお金を使い建てるのが普通だった。今から36年前の話である。

 

寄付で建った農村集落センター

 そういうことが出来る社会環境だったとも言えるのである。地域・地方にはその土地の名士と言われている人がまだ残っており、”寄付” と言う行為そのものが、名士と言われる存在を表すステータスのようなところがあり、「誰々さんが、・・万円寄付したんだそうだ、大したもんだねェー」などと住民の口の端にものったものである。それだけ住民同士の会話も頻繁にあった時代でもあった。

 

建設記念碑と寄付

 下の写真は建設記念碑である。建設活動に尽力した人たち、寄付した人たちは、その証を作ることを好んだ。そして、その恩恵を受ける方々は、その行為を称えたものである。

   建設記念碑       東日本大震災の爪痕も残す、集落センターの建物      

そして時代が昭和から令和に変わった。

 

少なくなった住民の会話

 住民同士の会話が少なくなった。子供の数も少なくなった。集会所などという住民皆が集まる機会も少なくなった。かっては、集会所を使って、趣味の集まりなども週に何回も行なわれたりしたが、最近では、地域行事の集まりにしか利用されなくなった。

 町内会を中心としたその地域行事にも、住民が参加しなくなっていった。そして、町内会に入る人も少なくなったのである。こうなってくると、建設活動に奔走する人も少なくなれば、寄付をする人もいなくなり、こうした施設は市町村の自治体が作るものと住民の意識が変わってきたのである。

 

住民のための施設

 そして、昨日行なわれた市長説明会である。ポイントは、住民の寄付などによらない、100%自治体費用でまかなわれる建設だった。どうやって費用を捻出するかに市長の話は力点が置かれた。我々の地域内にゴミ処理施設が出来、この4月稼働を開始する。こういう施設なら、市民全てに還元出来る施設だから費用の点では正々堂々と市のお金を使える。しかし、集会所となると、一地域の住民にだけ還元できる話であり、市長といえども、右から左に予算を付ける話にはならないのである。

 

「必要」が「どうでもいいこと」に

 説明会中に、隣にいた若い人(30代後半)に聞いてみた。「集会所を新しくした方がいいと思う?」。数年前まで子供会でこの集会所を使っていた若者である。今ではその子供会も子どもが少なくなったことで解散してしまった。すると、新しくする、しないに余り興味がなさそうな返事が戻ってきた。

 なるほど、私たちは、地域役員として住民を集めると言う観点から必要に迫られているが、常時使わない人たちにとってはどうでも良いことのようである。つまり立場が変われば、「必要」が「どうでもいいこと」に変わると言うことなのである。

 

 この原因が、住民同士の会話が少なくなったことに起因していることは明白である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウクライナ侵略戦争、このまま続く?

ロシア、ウクライナ戦争1年

  ロシアのウクライナ侵略戦争が始まって、2/24で丁度1年になる。テレビ各局で1年を振り返り、いろいろな特集が組まれた。

 それにしても、何度聞いても分からないのが、なぜ、プーチン・ロシアはウクライナを侵略しようとしているのかである。表向き理由は、ウクライナにいるロシア人を守るため、そしてロシア国内のロシア人に対しては、欧米がロシアに戦争を仕掛けてきたから(教書演説で話した内容)である。二枚舌、三枚舌を使うプーチン

 

理由にならない理由

 こんな理由は理由にならないのは明白である。自分の国として考えて見ればすぐ分かる。アメリカにメキシコ人がたくさん移住している。このメキシコ人を守るためにメキシコがアメリカに攻め入るということであり、日本には中国人やベトナム人がいる。その中国やベトナムが日本に攻め入るということである。そんな理屈は、国際的に認められることではないし、嘘っぱちあることは明白。世界中の国々にはそれぞれ中国人街がたくさんある。中国人を守るためなどと言ったら、世界中が中国に侵略されてしまう。

 

他人の国で好き勝手するな

 ウクライナの国でロシア人が生活していて、差別を受けたり、嫌なら、ロシアへ戻ればいい話で、住んでいるウクライナを自分の領土にしてしまおうなどという理屈は私的にも公的にも存在しない。まさに国際強盗にも匹敵する行為である。かって、ロシア領だった国が発展してきたから、良い国になったから、気に入らない国になったから、自分の領土に戻してロシアの好き勝手な統治をやりたいというのは、身勝手そのものである。親が子を育てるようなもので、立派な国(人)になったら称えるべきである。

    朝刊記事から     ネットの映像から(被害受けるのは、民間人やその財産)      

機能しない国連

 第二次世界大戦の教訓で、国連に5つの理事国が誕生した。その理事国の一つが他国を侵略しているのだから、「何をか言わんや」である。何を提案しても、拒否権を発動し成立させないから、国連が機能しなくなっている。これで、中国が台湾を侵略始めたら世界が二分される。その時、国連は何が出来るのだろうか。黙って見ているしかないのか。

 

素人考えの和平案

 このままでは、いつまで戦争が続くか分からないし、何万人の民間人が殺されるか分からない。そうした被害を最小限に食い止めるためには、早く停戦に持ち込むしかない。ウクライナにとっては、苦渋の選択になるだろうが、ウクライナの領土や財産を守るためにも、決断する必要がある。このままでは、国土がめちゃめちゃになる。

 素人が勝手に考えた和平案だが、

  ①クリミヤ半島は、ウクライナに戻す。代わりに、

  ②ロシアと地続きの東部2州は、ウクライナでもロシアでもなく独立国とする

  ③プーチンは、戦争犯罪者として裁く

特に③は、ロシアにとっては難題かもしれない。

少し、ウクライナ寄りかもしれないが、こんなところが和平案かもしれない。

 

 

フィリピンの魅力(55.何時になるのか、空港・高速道路建設)

 毎日、何をブログに載せようかと考える。何でもいいとは分かっているが、それでも考えるのだ。そして、ブログに載せてない原稿があることに気づいた。ブログを始めた頃の原稿だ。当初、「世界の面白い話題」や「フィリピンの話題」を取り上げて書こうとしたのがきっかけだったと思う。その中で、フィリピンの話題で「55回」と「56回」が下書き原稿のままになっていたのだ。

 今日はその「55回」をそのまま紹介する。フィリピンの高速道路の話題である。この原稿の元は、10年前に書いたものなので、今では状況が変わっている。

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 もうそろそろ、このシリーズも終わりだ。何度もこのブログで書いているが、拙書 ”サラマッポ”  の中で書いている高速道路の記事をそのまま引用する。

 

何時になるのか空港・高速道路建設 

 今年中には・・・。いずれ現地会社の社長後任というサラリーマンにとっては、願ってもいない厚遇を受け、希望と期待に胸を膨らませ、ニノイ・アキノ国際空港に降り立った。一年後に社長を私に譲る予定の現地会社社長が空港で出迎えてくれた。

 今まで何度も訪れ慣れたフィリピンである。が、しかし、前に訪れた時は、空港からマニラ市内のホテルに直行し、翌日現地の工事現場へ飛ぶという慌ただしい出張だったため、マニラから地方へ行く高速道路などというものは、走ったこともなかった。

 そして、社長車に乗り、現地会社へ直行である。

「この空港は殆どできあがり、間もなく第三ターミナルとして開港する予定だ」

との社長の説明があり、現在の空港に隣接した真新しい空港ビルを横目に高速道路に乗る。高架道の部分も一般道路を潜る所もあるマニラ市内の所謂、首都高速を抜け、地方へと延びる放射高速道路へと入る。結構立派な道路じゃないか、と心で呟きながら、道路両側に南国特有の灌木を配した高速道路をひた走る。灌木の向こうには、水田が広がるのどかな田舎風景である。日本の高速道路より道路面の粗さが車の振動を通じて伝わる。1時間も過ぎると突然振動が大きくなった。頭が時々車の天井につくほどの振動。しかしそれも10分ほどで終わり、また高速道路に入る。社長の説明では、

「今年中にはこの高速道路と、さっきの首都からの高速道路がつながる」

という。今まで1時間半ほど掛かった通勤時間が、1時間に短縮されるとの話だ。そして、高速を降りて10分もしないうちに、これから定年まで勤めることになる現地会社へ着いた。

 きみまろの言い草ではないが、それから5年半、空港も開港しなければ、高速道路もつながらなかった。毎年、今年は開港する、今年は繋がる、という噂はながれるが毎度期待外れで終わる。そうした現状をフィリピン人は楽しんでいるのかのように、そんなことには、フィリピン人は余り頓着しないようである。

首都圏というのに、毎回台風が襲う度に水があふれ出す地域がある。そして、高速道路が冠水する場所もある。しかし、滞在期間中の5年半、これらの場所が改善されることはなかった。それでもフィリピン人は苦情を言わない。言っているのかもしれないが、諦めている節がある。鷹揚と言ってしまえば一言で片付くが、今まで期待しては裏切られの繰り返しが、フィリピン人のDNAに刻み込まれ、代々引き継いだ感情なのだろう。金持ちはとんでもないほど金持ちなのに、こうした公共事業に金が回らないのである。ODAで援助を受けても、その何割かは金持ちの関連会社に吸収されるという話もある。一般庶民がその被害を被っているという訳だ。

そうした苦境にも忍耐強い、愛すべき、大好きなフィリピン人なのである。

       (・・・以上は、拙書「サラマッポ」より、抜粋・・・)

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やっと出来た、高速道路

 こうした第三ターミナルビルだったが、運用が開始されたらしい。出来上がってからは、フィリピンには行ってないので、どんな状況か分からない。出てきた高速道路もつながったと風の頼りに聞いた。さすがに10年も経てば、色々進むらしい。でも、フィリピン人の気性は大きくは変わらないだろう。

 

フィリピンの魅力は、フィリピン人

 この国で、携帯の利用仕方を教わった。安く済ませるために電話はしないという方法である。つまりメールの類であるが、これとて、当時は、一字イクラの世界だったため、字数を少なくする方法を教えてもらった。

 どうやって、お金をかけないで楽しむかを考えさせたら世界一の国民である。そして陽気で、新しいもの好きで、家族思いのフィリピン人。

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(以上の原稿は、1年前に書いたが、放っておいた。読んだら面白いので載せる事に・)

フィリピンの高速道路

 

目は口ほどにものを言う

抵抗感ないマスク

 日本人は、マスクにあまり抵抗感がないと言われる。”抵抗感”という意味がどの程度のものか分からないが、私は、マスクをかけた人と話すのも表情が読み取れなくて嫌だし、自分がマスクをするのも、眼鏡をかけたり補聴器を付けたりするときに邪魔になるので抵抗感を感じる。どうもその抵抗感というのは、”欧米人に比べて”という前提が入るようだ。

 

視点測定

 人間が人と話すときにどこを見るか、日本人と欧米人では違うという。欧米人は口に注目し、日本人は目に注目するという。勿論、一般的な話だろう。

(ネット)トラッカーと呼ばれる測定器、 (ネット)視点が映し出されるおなじみの画像

 従って、マスクをかけることで、相手の表情が読み取れないことから欧米人がマスクを嫌がる一つの原因と考えられるという。そして、日本人は目を見て表情を読み取ることから、相手にサングラスをかけられると表情を読み取りにくいという結果になる。  

(ネットより)いろいろな視線解析法

赤ちゃんから違う視点

 視線解析法にはいろいろあるらしいが、勉強していないのでよく分からない。どこに視点が集まるかが、こうした解析で分かるらしい。

 こうした研究で有名な、中央大学、山口先生がテレビでこうした解析結果を説明していた。冒頭の欧米人や日本人の視点の集まり方の違いなども説明していた。そして驚くなかれ、日本人が目に注目するのは、人として育って行く中で学んでいきそうなったかと思ったら、そうではなく、赤ちゃんの時からそうなんだそうである。

 

顔文字の外国と日本の違い

 こうしてみるとなるほど、と頷けるところもあるが、決定的だったのが、顔文字の違いである。日本は目の形で表現し、欧米は口の形で表現している。

(ネットより)日本と外国の顔文字の違い(海外の顔文字は右へ90度回転して見る)

 顔文字は1980年代に欧米や日本で開発され使われ出したらしいが、使われ出した時期には4年ほどの差があるらしい。しかし、後発の方が先発の影響受けたという事実はないらしい。それぞれの人たちが、より分かりやすい顔文字を作ったらこうなったということだろう。

 

表情豊かに過ごしたい

 非常に面白い。前に、このブログで、マスクが ”顔パンツ” と言われているらしいと書いた。男にはそういう感情はないと思うが、女性にはあるらしい。

 マスクを外そうが,外すまいが、「目は口ほどにものを言う」であり、無愛想では、口であれ、目であれ、人の良さが表現できないのである。

 是非、表情豊かに暮らしたいものである。 

おごる心を戒めに

ガーシー議員

 今日は、いろいろな話題を拾ってみたい。まずは、ガーシー議員。一体この人は何者? 当初ニュースになった頃は分からなかった。国会議員だという。そして当選以来議場に一度も出た事がないという。「そんな議員辞めさせてしまえ!」という他の議員や世論の声に対して、「何を失礼な。私を辞めさせられる人は、私に投票してくれた人以外にない」と、うそぶく始末。何をするために国会議員になったのだろうと、バカな私は考えてしまう。「国会で陳謝」⇒「辞職」と進むらしいが、国民感情として、多くは(投票した人は別にして)一刻も早く辞めて欲しいと願ってやまないのが普通だろう。

 

プーチン、教書演説 

 そして、なんと言っても、今日のニュースは、プーチンの教書演説だろう。どこのテレビ番組を見てもこのニュースで持ちきりである。今日の夜の討論番組でも、この話題で持ちきりだろう。いくつになって、こんな演説をするのかと年齢を調べてしまった。去年の誕生日で、丁度70歳のようだ。

 日本のみならず、世界のニュースとして放映されることを前提に、こんな嘘っぱちな演説を堂々とする一国の長は、現段階ではどこにもおるまい。その演説を堂々と静粛に拍手を持って称えるロシアという国の指導者たち。真剣な面持ちで聞き入るおなじみのロシア政治家たち。どんな思いで聞いているのだろう。

 

ロシアは仕掛けられた戦争?

 今回のウクライナ侵略はロシアが仕掛けたのではない。欧米が仕掛けた戦争だと言い張る。ウクライナの国土内で戦争をしている姿を見たら、他国が仕掛けた戦争を他国内でやっているのはおかしいと思わないのか、ロシア国民の神経が分からない。プーチンに至っては、精神病を患っているとしか思えない。その言うことを「神のお告げ」の如く従う政治家たち。幼い子供の戦争ごっこのようでもある。悪くてもガキ大将の言うことは聞かないといじめられる恐怖と背中合わせの遊びのようでもある。それの翻弄されるウクライナ人は本当に気の毒である。

 

おごる心を戒め 謙虚に

 そんなことを考えていたら、いい記事が朝刊に載った「伊沢拓司さん」の記事である。「おごる心を戒め 謙虚に」と言う記事である。伊沢さんはテレビのクイズ番組などではおなじみの方なので、よくご存じの方は多いだろうと思う。 

  ガーシー議員      プーチンの教書演説    伊沢拓司さんと恩師の記事

彼を小学校の頃、叱りつけた恩師の記事とともに掲載されていた。

 

物知りは、偉い?

 小学校の高学年だから、「よくいろいろ知っていること=偉い人」という感覚で、態度が先生に対して大きかったらしい、つまり生意気だったらしいのである。でも、先生の記事では、だからといって、同学年の生徒たちに横柄な威張り腐った態度をするかと言えば、そうではなかったとも記事の中で述懐している。少しばかり世の中を知り親に対して生意気な態度をする子供のような感じだったのだろう。そこで「知っていることが、そんなに偉いのか!」と叱り飛ばしたそうである。

 

実践する、恩師の言葉

 その言葉を伊沢さんは今でも思い出すという。番組を見ていたら分かると思うが、どう見ても横柄な性格とは読み取れない。誰にでも優しく、謙虚に接する若者である。しかし、頭は良く、勉強も出来るだろうと容易に想像もできる若者である。

 冒頭のガーシー議員、何が偉いのか、私にはさっぱり分からないし、国民も分からないだろう。選挙人のお陰で当選したかもしれない。しかし、その前に、国民が納めた税金で歳費を頂いているということを忘れてもらっては困る。

 プーチンも古希だ。そろそろ引き上げ時だということを自覚してもらわないと困る。
 

兎追いし、彼の山~

毎日歩く、あぜ道

 ここのところ、毎日田んぼの中の畦道を歩いている。散歩がてらである。タダの散歩なら綺麗な道を歩けばいいようなもんだが、田んぼの耕作状況調査も兼ねているからである。つまり、農地が耕作されているか、耕作放棄されているかを見定めるために畦を歩いているのだ。今は、稲の耕作も終わり、土興しも終わり土地を休ませている時期なので、特に、耕作か放棄地なのかを判別しにくいのである。

 なぜそんなことをしているか。農業委員の仕事だからである。見定めるのが仕事ではなく、放棄地を耕作してもらうように勧め、耕作地を多くするのが役目なのだ。

 

川の水音がこころよい

 車を少し広い農道の脇に停め、そこからその一帯を歩いて調査するのだ。こうして歩いていると、幸せを感じるのである。私たちの地域には河川が何本かある。しかも間近に阿武隈山系の山並みも迫っている。そして海も近い。こんなに自然が大集合している地域もそうそうあるまい。

 田んぼの畦道を歩いていると、水音がする。サラサラと表現するが、シャラシャラに近い音だ。音がすると言うことは、石が川底にありその石の間を水が縫って流れる音である。同じ水音でも場所によって違う。

下流中流、上流によって違う水音

うさぎ おーいし、、、

 自然と歌を口ずさむ。「うさぎおいし~」のあの歌である。

  兎追ひし彼の山 小鮒釣りし彼の川 夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷

    如何にいます父母 恙なしや友垣 雨に風につけても 思ひいづる故郷

      志を果たして いつの日にか帰らん 山は青き故郷 水は清き故郷

日本は、平和である。

 今まで数知れず外国巡りをした。その外地で、こんな風に故郷を思い浮かべたことはない。が、こうしたふとしたときに思い出すのが ”故郷” でもある。

 

ウクライナだけではない

 今朝、また朝早く目が覚めた。こんな時間に、と思ったが、まともな番組がやっていた。「ウクライナ支援」「トルコ大地震支援」などと騒いでいる間にミャンマーはどうなったかなど考えたら、番組をやっていた。ミャンマーに対する日本政府の対応は、欧米各国とは異なるという。

(ネットより)ミャンマーに対する日本の対応

アジアの小国の苦境

 が、そんな中、ウクライナ侵攻によるロシア制裁で被害に遭っている小さな、裕福でない国々があり、苦境にあえいでいるという。原油の依存度が高かったドイツなど欧米各国は、いち早く対応策を始めているが、手に入らないアジアの小国、スリランカパキスタンなどは、石油・ガス不足で寒い思いをし、食べ物も満足に食べられない生活をしているというのだ。

(ネットより)スリランカミャンマー

幸せな日本人

 こうして考えて見れば、値上げしているとはいえ、食べ物やガソリン・ガス・灯油などが手に入り、日常生活に何の不自由もない日本。新型コロナで亡くなっている人も何10人と毎日出ているが、それでも他国から侵略され亡くなる人は皆無である日本。

 毎日テレビを見ていると、何の不安もないように大騒ぎをしている若者たち。私たちもかってはそうだったが、ちょっと冷静に考えて見れば、いかに幸せかが分かるというもの。

 今日も ”ふるさと” を口ずさみながら、そして、春を告げようとする川のせせらぎを聞きながら畦道を歩こう。