この写真(下左)を見て思い出した。2011年3月11日14時46分。東日本大震災である。我が家の先代からの門が倒壊した(中写真)。道路を半分以上塞ぎ、交通に支障をきたしたため、急遽、業者に撤去をお願いした。
今、能登では全てがこんな状態。しかも、頼みの綱の業者も被害を受けている。他人を助けるところの騒ぎではない。
そんなことを考えながら、ページをめくると、中学生の能登地震に対する記事。13歳だ。東日本大震災のことも分らない中学生が、今回の能登地震で、当時の東日本の被害を想像し、そして、戦後の焼け野原の映像まで思いを巡らし、自分のできることをと、お小遣いで募金に参加したという記事。
テレビのチャンネルを変えた。倍賞千恵子が出ていた。あのよく視る寅さん、”男はつらいよ” の ”さくら” である。暫く、この番組に目をやり最後まで視ていると、”し~たま~ちの~、そ~らにかが~やく、・・・”と「下町の太陽」を歌った。最後は、”・・・た~いように、よ~びかける”である。15歳の中学時代、私も何十回と歌った曲である。というのも、当時の担任の先生が、この歌が大好きで、毎朝、クラス全員にこの歌を歌わせたのだ。
そんな感傷に浸っていた時の冒頭の写真「政治家の矜持はどこに」の記事。一緒に首相の写真も添えられていた。この首相は、何のために首相になったのか、と疑問を持つ。こういった人間は会社にも沢山いた。人の顔色をうかがい、自分の意見はどこに?と思うような人間である。こうした人間にそもそも「矜持」なんてモノはないのだろう。
新聞などのマスコミによれば、首相になるときには他の派閥からの応援を得なければ首相にはなれないらしい。そこで登場するのが、安部派、麻生派などの大派閥である。そうした大派閥に支えられて首相になったので、自分の好きなことができないという理屈らしい。”じゃー、何ために首相になった?”と聞きたくもなる。今までも、中曽根元首相など小さな派閥から出た首相もいたが、自分としての矜持を全うしていたと思っている。今、政治は最悪の状態を迎えている。
その暗ーい気分の中、元気にしてくれる番組があった。”イーチャンの白い杖”である。ご両親は健常者であるが、二人の子どもが共に盲目。このお姉ちゃんがイーちゃんだ。底抜けに明るい賢い子だ。弟の方が重傷で体も弱い。にもかかわらず、自分が盲目の中、弟を気遣い助ける姿が美しい。そのイーちゃんに彼ができた。これまた素晴らしい伴侶である。やはり盲目でだった。
イーちゃんは、自分が恵まれない境遇だとは思っていない。ソレが ”普通” の状態だというのである。その普通の状態で、どうしたらもっと良くなるかを考える、と言う。後期高齢者である私も、元気で頭も体も働く若い頃の自分を懐かしむのではなく、現在ある自分が ”普通” と思い、世の中、人のために自分ができることを一つずつ地道に重ねていきたいと、涙を流しながら番組を視た。