ミドさんのブログ

日頃思いつくことを書いてます

彼の岸

春分の日

  今日は、春分の日。春を分けると書く。春の季節の中間点を意味する。いろいろな行事があるが、主な行事は、先祖を敬う日である。つまり、仏壇を掃除し、お墓を掃除し、お墓参りをする日でもあり、「お彼岸の中日」ともいう日である。

 中日と言うからには、期間がありその真ん中と言う意味。始まりは、「お彼岸の入り」と言う。3/18だそうだ。ことしは、3/21がお彼岸の中日なので、入りは、3/18になる。じゃー終わりは? 3/24である。3/18~24までが彼岸の期間で、中日が21日ということ。つまり1週間である。

 

お彼岸とは?

 なぜ、お彼岸と言うかを、ネットで調べてみた。あの世の世界の境、つまりあの世の世界の岸辺を「彼の岸」=彼岸 と言う意味らしい。そして、現生、つまり、いま生きている世界を「此の岸」=此岸 というらしい。なるほど!

 ご存じだろうが、春分の日は、24節気の一つであり、立春なども同様である。

 

お墓参り

 前置きは、この位にして、昨日墓参りをした。歩いて5分ほどのところにあるお墓である。春の彼岸は、冬から春にかけてなの

f:id:midori-chang:20220321102113p:plain

花を飾って、墓参り(2022.03.21)

で、草はそれほど茂らないが、それでも、結構、伸びている草もある。毎年、お墓参りの時に女房と言う言葉だが、「この砂利敷きは失敗だったね」だ。砂利を敷くと、土が入り込み、そこに草が生える。その草をお墓参りの時に毎回引くことになる。

 

お墓

 それも、また、お墓参りの行事と考えれば、それほど苦にはならない。私が、社会人になって、確か、最初に実家に投資したのが、父親が亡くなった時にお墓を作ったことだった。当時のお墓には、すでに墓石は何個かあったが、それまでは土葬の習慣だったこともあり、こんもりと盛り上げた土の上に少し大きめの石を置く、そうしたお墓も数個あった。そうしたお墓をまとめて、こうしたお墓にしたのである。あの頃は、まだ40代だったなー、と墓参りの時に、いつも思い出す。30年も前の話だ。

 

何時までも、親は親、子は子

 自分がどうやって生まれてきたか、育てられたかを考えるいい機会でもある。どんなに憎しみあったとしても、何時までたっても親は親、子は子である。親がいなければ、子はこの世に存在しない。だからと言って、親の権利をひけらかすのではない。そういう事実は事実として考えるいい機会だと思うのである。私たちの子どもたちは、幸いにしてそのような子供ではないので心配していないが、世の中には、一杯いる。親を親と思わない、子を子と思わない家族である。

 

ウクライナの彼岸は?

 今、ウクライナとロシアの問題が起こっている。ことの発端は、2008年や2014年に遡るらしいが、他人の家族を殺していいという権利は、誰にもないはずである。憎しみそのものを持つこと自体がおかしい。

 自分の思い通りにならないからと言って、我を通そうとする為政者の姿は、哀れですらある。自分の家族、自分の親戚、自分の国の国民にも同様の気持ちを持つことができるのだろうか。

 この戦争で死んだ子供たちにも親たちにも、親がいて子供もいるのである。みんな「此の岸」に住んでいる家族である。

 「此の岸」が「彼の岸」にならぬようよう願ってやまない。