ミドさんのブログ

日頃思いつくことを書いてます

農地の広大化

 前にも同じようなことを書いた気がするので3年前まで遡ってチェックして見た。無かった。それでは、と思い書くことにした。

 農業委員になったのは、7年前のこと。当時、地域の役員をしていた関係で、市役所によく出入りしていた。私が行くのは、農林課と建設課が主な訪問場所。その途中でいつも気になる小部屋があった。ドアには、「農業委員会」の表示。

 ある時、入ってみた。すると、「何かご用ですか」と60過ぎくらいの方が尋ねてきた。「農業委員会って、何をするのですか?」と聞くと、「じゃ、そこにお座りください」。そして、一通りの説明を聞くことになった。そして、その方の説明で”農業委員”を7年もすることになった。

 というのは、「どうやったら農業委員になれるんですか?」と聞いたことから始まった。「この4月から、各市の農業委員会には、中立委員を一人以上置かなければいけなくなり、農業をやっていなくても農業委員になれます」と言うではないか。具体的に聞くと「自分で自分を推薦する推薦状を書いて提出すれば良い」というではないか。何でも首を突っ込む習性が顔を出した。早速提出すると、市議会の承認が必要とは言うモノの、そんなモノ好きはいないらしく目出度く農業委員になってしまった。

 それから7年。3年任期なので改選が2回入った。主な仕事は、月一回の農業委員会に出席すること。農地の権利や用途を動かす場合、農業委員会の承認が必要になるので、農地の所有者が、売ったり貸したり、更には農地から宅地にする場合などは、所定の書類を作り委員会にかけて承認を貰うことになる。しかし、事前に事務局が審査するので、おかしな申請はまず出てこない。従って、殆ど「異議なし」と挙手すれば良いことになる。

 たまたま、私の担当は、農地から宅地の変更するような開発地を担当していたこともあり、毎月審議対象農地が申請された。その場合、その地域を担当する農業委員など(5名)が事前にその場所を所有者や不動産屋などと一緒に見ることになる。

 その当時から、”耕作放棄地”を無くそうという動きが出ていて、どこが農地で、どこが放棄地になっているのが分らないのも困ったモノだと思い、農地リストを事務局から貰い、その全てを見て歩くことにした。その結果が下の図面である。緑色は耕作地、赤色は放棄地、灰色はその中間である。我々世代の農家は、そろそろ農業から卒業する時期にさしかかっている。従って、子ども達が農業を引き継がない限り、他人に耕作を依頼するか、廃業、すなわち放棄地になるのである。耕作に条件の良いところは、基盤整備といって、碁盤の目のように四角の農地になっている。ところが山間部や条件の悪いところは放棄地が目立つ。

我が町の農地耕作状況        隣町で始まった農地広大化

 昔、手作業の時代は、1反歩(300坪)単位や形状が地形に合わせた変形でも良かった。しかし、今は機械化がドンドン進むと1つの田んぼから次の田んぼへ移る時間が無駄になった。そこで、1枚の田んぼを大型化するようになってきた。基盤整備の段階では、形状を四角に、そしてレベルを合わせる程度だったモノが、隣町でやっている広大化(写真右)は、一町歩(10反歩)単位の広さなのである。

 今後農業を辞める地主が続発する。するとそれを借りて経営する農業者が出てくる。今では我が町でも70町歩、80町歩を経営する農業者も出てきている。今後もこの傾向は続くとみられる。いつまで農業委員を続けていられるのか、出来る間は、乗りかかった船である、やってみようと思っている。